(10/07/26)新聞コラム『大研究グルメ産業/九州発全国の味』

7月24日付の読売新聞に掲載されていた記事を下記の通りご紹介いたします。
 博多の名物として全国に知られる辛子明太子。歴史をたどると終戦後の1948年、福岡市・中洲で営業を始めた30平方メートルほどの食料品店「ふくや」にたどり着く。創業者は韓国・釜山で生まれ育ち、戦後福岡に根を下ろした川原俊夫さん(80年に67歳で死去)。明太子を世に広めた本人だ。
 そのルーツはスケトウダラの卵巣(タラコ)を塩漬けにして唐辛子などに漬け込んだ韓国の食品。現地ではスケトウダラを「ミョンテ(明太)」と呼ぶことが名前の由来だ。俊夫さんは、取引先が持ち込んできたタラコに懐かしさを感じて再現し、49年1月、店頭に置いた。本場の辛さが受け入れられず初めは売れなかったが、改良を重ねて約10年後に納得できる味にたどり着いた。
店に行列ができるほど人気が出たが、俊夫さんは特許を取らなかった。「明太子は惣菜。作り方を隠しても仕方ない」と考え、希望者には製法を教えたという。
これが功を奏した。新規参入業者が増え、75年の山陽新幹線岡山-博多間の開通を追い風に、明太子は博多土産として爆発的に売れ始めた。
味は時代とともに多様化している。俊夫さんの次男で、「ふくや」社長の正孝さん(60)は「明太子はご飯に合うおかずだが、コメの消費は減っている」と話す。パンにも合う明太子として、2007年以降,激辛唐辛子・ハバネロを使った製品やオイル漬けにした製品などを発表した。
 誕生から60年。業者の数は福岡県内を中心に100を超え、市場規模は1000億円超とされる。正孝さんは「各社が味と品質を競い合っている現状を父も喜んでいるはず」と話している。